テネリフェはグラン・カナリアほど国際色豊かではないけれど、そのぶん、飾らない素顔の空気が残っている。
ホテルは海辺の片隅にあり、ちょうどよく静かだった。市街地のような人の波はなく、近くのホテルの客が、ときおり行き交うだけだ。
初めてだから、お決まりのコースをたどるのも仕方ない。ツアーに加わり、テイデ山へ雲海と夕日を見に行った。
雲海の上の、テイデ山
いま思い返してみると、かえって記憶に淡い余韻を残しているのは、テイデ山の麓を走る一本の道路だった。
あたりは、大地が幾度も生まれ変わったような景色だった。行き交う車や人のほうが、かえって流れる風景になっていた。
車の流れがまばらになる合間に、足を止めて記念の写真を撮る人もいた。
うつろう天地
そのあと、船に乗ってクジラを見に海へ出た。実際に見えたのは、イルカだった。
船が沖へ進み、来た方角を振り返ると、テネリフェの輪郭は海と空のあいだに溶けるように霞み、テイデ山が雲間から、ごく淡い影をのぞかせていた。
なかば火山、なかば海
イルカの群れが水面を跳ね、船首の前を軽やかに横切っていく。ふいに現れては、ふいに消える。
映画の一場面のようで、それでいて、映画よりもいくぶん静かだった。
思いがけない出会い
帰る前に、家族みんなでもう一度、パラグライダーを試してみた。
はじめのかすかな緊張も、やがてゆっくりとほどけていく。風が体を持ち上げ、地面はどんどん遠ざかる。
空ではいくつものパラグライダーが互いに呼び合うように浮かび、海岸の上を旋回する鳥の群れのようだった。海岸線が足もとにゆるやかに広がり、さまざまな形のホテルがその間に点在している。陽は明るく、海は深く青い。
地面が少しずつ遠ざかり、さっきまで歩いていた場所も、いつしか風景に変わっていく。ふとした瞬間、まるで自分を、少し離れた場所から眺めているような気がした。
地平線の弧
けれど、いちばん忘れがたい光景は、一日中駆け回ったあとに訪れた。
夕暮れどき、バルコニーに腰をおろして休んでいると、何気なく顔を上げた——
夕日が沈みかけ、あたりは少しずつ静まっていく。
ヤシの木が岸辺にひっそりと立ち、何かを見守っているようだった。
ちらほらと行き交う人が、立ち止まっては、また歩きだす。
一艘の小舟が、音もなく海を渡っていった。
黄昏のなかで
谷あいに、ぽつりぽつりと灯がともりはじめる。
空は静かに暮れていく。
人もまた、それぞれの場所へ帰っていく。